この日この時間、古川館は扉は開くものの、およそ人の気配がしませんでした。
再三の私たちの呼びかけの声に、しばらくして奥から出てきた美人女将は、
「あら、ごめんなさいねえ、これから出かけるものだから」
「はあ…」
てっきり、入浴は不可とのことだと思い、瞬時意気消沈した私たちに女将は、
「お風呂はそこの奥よ、熱いから水でうめて入って下さいね。私は出かけるから、お風呂から出たら玄関のカーテン締めて帰って下さいね」
見よ、この新潟の地にフレキシブルで慈愛あふれる宿があるのだ。
そんな宿の温泉が佳品でないはずがありません。
湯はチンチンとろとろ、透明放流式。
70℃近い源泉はびしっとして爽快無比。
微弱な硫黄臭も感知せられるに及んでは、この宿とこの湯に魂の五つ星を贈呈。
佳い湯と佳い宿でした。
入浴を終えて、戸締まりをして、宿からい出ると道の向こう側は青い稲田が泣けとばかりに風にそよいでいました。